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仙台地方裁判所 昭和26年(ワ)102号 判決

原告 渡幸木材株式会社

被告 本郷忠次郎 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告等は原告に対し別紙目録〈省略〉(四)記載の債権は存在しないことを確認する。被告富二に対し、被告忠次郎、同トク(以下被告忠次郎両名と略称する)は別紙目録(一)記載の各不動産につきした同目録(二)記載の抵当権設定登記の抹消登記手続をしなければならない。被告忠次郎両名が右抵当権の実行としてした当庁昭和二六年(ケ)第八号競売事件の競売手続はこれを許さない。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決並びに競売手続禁止の部分につき仮執行の宣言を求める旨申し立て、

請求の原因として、

被告忠次郎両名は、被告富二に対し、別紙目録(四)記載の債権を有すると称し、その担保として、被告富二所有にかかる同目録(一)記載の各不動産につき、同目録(二)記載の抵当権設定登記手続をした。そして右抵当権を実行すべく昭和二六年一月二五日競売を申し立て、当庁昭和二六年(ケ)第八号競売事件として競売手続が開始された。

しかしながら右債権および抵当権は、次に述べるような事由によつて存在しないものである。即ち、

(一) 原告は、木材の製造販売を業とする株式会社であり、被告富二は、土建業を営む訴外五十嵐建設株式会社(以下五十嵐会社と略称する)の代表取締役であるが、右会社は資本金として僅かに金一八万円を有するのみで、その実体は、被告富二の有する金二千万円以上の資産を背景として成り立つ個人会社である。したがつて右会社と取り引きする多くの者は、会社の信用よりも被告富二の有する資力をめあてに取り引きしたのが実情である。同じように原告も、被告富二を信用して、五十嵐会社に対し昭和二四年一月から昭和二五年五月までの間金一、六〇五、五〇九円五〇銭相当の木材を売り渡し、その代金の支払を猶予して来たが、昭和二五年五月二日原告、被告富二および五十嵐会社の三者間において、右代金の支払方法につき協議の結果、(1) 被告富二は五十嵐会社の右代金債務につき連帯保証をし、その弁済方法として、原告に対し、被告富二および五十嵐会社は、共同して約束手形を振り出すこと。(2) 被告富二は、右債務の担保として、その所有にかかる別紙目録(一)記載の各不動産およびその余の財産につき、右債権を極度額とする根抵当権を設定することとし、原告は今後も木材を供給すること、とする契約を締結した。そこで原告は、右根抵当権設定登記手続に必要な書類を作成して待機していたが、被告富二は言を左右にして右登記手続に応ぜず、そのうちに、別紙目録(一)記載の各不動産につき、右契約当時全く予想されなかつたところの別紙目録(二)記載の第一順位の抵当権設定登記手続をし、その後に至り、ようやく原告のために同目録(三)記載の第二順位の抵当権設定登記手続をなすに至つたものである。

原告は、右第一順位の抵当権設定に不審をいだき、その実情を調査したところ、五十嵐会社は、昭和二五年春ころから経済的窮乏に陥り人員整理等を企図したため、同年七月ころから会社債権者の追及が激化する気配にあつた。そこで被告富二は、これを回避しようとして、親友である被告忠次郎、親密の間柄にある被告トク等と通謀して、右両名に実印を預けたまま同年七月四日から同月二四日まで、同年八月二日から同月下旬までの二回にわたりその所在を不明にし、その間、被告忠次郎両名は、被告富二の有する財産を隠匿して他の債権者の有する債権を実効のないようにするため、別紙目録(四)記載の債権を有するものの如く仮装し、右仮装債権を被担保債権として、同目録(一)記載の各不動産につき同目録(二)記載の抵当権設定登記手続をしたものであることが判明した。

このことは、右事実以外に、当時被告富二もしくは五十嵐会社がかかる多額の借財をする必要がなかつたこと。被告忠次郎の貸付金は、同人が所有宅地、家屋を他に売却して得たものであるというけれども、その売買契約は、右消費貸借契約がなされた昭和二四年一一月三〇日の後である昭和二五年六月二日締結され、その所有権移転登記手続は同年一一月三〇日に行われていること。被告富二の原告などに対する弁明およびその後に第二会社である訴外株式会社長沢組を設立していること。そのほか被告忠次郎は、後日原告に対し別紙目録(二)記載の抵当権を、その被担保債権額をはるかに下廻る価格で譲渡の申し入れをしたこともあり、また、同人の前記競売手続中における言動、その他種々の事情から見ても明らかである。

したがつて、別紙目録(四)記載の債権および同目録(二)記載の抵当権設定登記は、被告等の通謀虚偽表示に基く仮装のものであるから無効である。そうでないとしても、右債権は当初から実在しないものであり、したがつてその担保のためにした右抵当権設定登記は、登記原因を欠くものとして、無効である。

(二)  仮りに、被告忠次郎両名が被告富二に対し債権を有するとしても、その額は金五〇万円を超えないものである。そうすると、右両名は、前記競売手続により、本件不動産以外の物件を競落させ、その売得金から競売手続費用および金一、三八八、九〇七円を受領しているほか、昭和二八年一月五日被告富二から金三〇万円の弁済を得ている。したがつて、既に金五〇万円を優に超える弁済を得ているから、被告忠次郎両名の有する債権は消滅したものというべく、右債権を担保する別紙目録(二)記載の抵当権も債権の満足により既にその存在理由を失つたものである。

以上の如く、被告忠次郎両名の有する債権および抵当権は存在しないから、原告は、本件不動産につき第二順位の抵当権を有する利害関係人として別紙目録(四)記載の債権の不存在確認並びに被告富二に代位して、同目録(二)記載の抵当権設定登記の抹消登記手続および前記競売手続の禁止を求めるため、本訴請求におよぶ、と述べた。〈立証省略〉

被告忠次郎両名訴訟代理人および被告富二は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、

被告忠次郎両名訴訟代理人は、答弁として、

原告主張事実のうち、被告等がその主張の如き身分関係にあること、被告忠次郎両名が、被告富二所有にかかる別紙目録(一)記載の各不動産につき同目録(二)記載の抵当権設定登記手続をし、その主張の如く競売を申し立て、その手続が開始されたこと。右両名は、原告主張の如き物件の競落により、その売得金のうちから競売手続費用および金一、三八八、九〇七円を受領したことはいずれも認める。別紙目録(四)記載の債権および同目録(二)記載の抵当権が、その主張の如き理由により、存在しないことは否認する。その余の事実は知らない。と述べ、

被告富二は、答弁として、

原告主張事実のうち、原告が、五十嵐会社に対しその主張の如き債権を有し、その弁済方法につき、その主張の如き三者間において、主張の如き契約を締結し、原告が別紙目録(一)記載の各不動産につき同目録(三)記載の抵当権設定登記手続をしたこと。五十嵐会社が、資本金一八万円を有し、土建業を営むことはいずれもこれを認める。原告と五十嵐会社間の取引期間、右弁済方法につき契約した年月日被告富二の有する財産が金二千万円以上であることはいずれも否認する。その余の事実は、被告忠次郎両名訴訟代理人の答弁と同一である。と述べ、

被告等は、被告忠次郎両名の有する債権および抵当権は、真実に存在するものである。

即ち、被告忠次郎は、その所有にかかる土地建物を訴外板垣欽一郎に売却した代金をもつて、(1) 被告富二に対し昭和二四年一一月三〇日現金一〇〇万円および訴外板垣金造、板垣欽一郎の共同振り出しにかかる額面金五〇万円の約束手形一通を貸し付け、右手形は昭和二五年三月三一日被告富二によつて現金化された。更に、被告忠次郎は、(2) 被告富二に対し昭和二四年中、四回にわたり、合計金二八万円を貸し付けたが、同年八月右両者間において、右債務を目的として金二八万円の準消費貸借を締結した。その後右金二八万円については、数回にわたり、合計金一八万円の弁済を受けたので、現在被告富二に対し残債権合計金一六〇万円を有している。

被告トクは、その所有家屋を他に売却した代金をもつて、(3) 被告富二に対し同年五月三〇日現金三〇万円を貸し付けている。

なお、被告富二は、(4) 訴外鈴木侃から昭和二四年一月二〇日金五〇万円を弁済期同年一二月二五日、無利息とし、(5) 訴外鈴木仁長から同年四月二八日金一八万円を弁済期昭和二五年四月二八日、無利息とし、(6) 訴外斎藤貞雄から金二〇万円を無利息とし、(7) 訴外本郷忠一から昭和二五年七月八日金三〇万円を弁済期同年七月三〇日、無利息の約で各金員を借り受けていた。

そこで、被告忠次郎両名は、昭和二五年七月一四日ころ、右(4) ないし(7) の各債権者からその債権の譲渡を受け、債務者である被告富二からその承諾を得た。そして被告等三者間において、同日ころ、右(1) ないし(7) の各債権を目的として、金三〇八万円、弁済期同年一〇月三〇日、無利息とする準消費貸借を締結し、その担保として、別紙目録(二)記載の抵当権を設定するに至つたものである。と述べた。〈立証省略〉

理由

被告等が原告主張のような間柄にあり、被告忠次郎両名が、被告富二所有の別紙目録(一)記載の各不動産につき原告主張の如き第一順位の抵当権設定登記手続をし、次いで原告が、右不動産につきその主張の如く第二順位の抵当権設定登記手続をしたこと(但しこの点に関する原告、被告忠次郎両名間においては、成立に争ない甲第一号証、同第二二号証の一ないし六によりこれを認める)。被告忠次郎両名は抵当権実行のため競売を申し立て、当庁昭和二六年第(ケ)第八号競売事件として競売手続が開始されたことはいずれも当事者間に争がない。

そこで先ず原告の債権不存在確認の訴の適否につき考えるに、第三者の立場にある原告が、債権者および債務者双方を被告として、右両者間における債権債務の不存在確認を求め、勝訴したとしても、この判決は、被告等間における債権債務の存否につき何等確定力をおよぼさず、原告としてもかかる判決を得るにつき何等の利益も有しないのを通例とするが、被告等間の債権債務の不存在が、原告より被告等に対する他の請求の前提となる場合であつて、しかも右債権債務の存否につき争あるときは、中間確認の訴における場合と同じく、その確認判決を求め得るものと解することができる。そこで本件を見るに、原告の請求の主眼は寧ろ抵当権実行の禁止即ち競売手続の阻止にあり、債権不存在の確認は、その理由として副次的に主張され、しかもこの主張は抵当権実行禁止の請求の先決問題をなし且つ被告等はその存否を争つているから、本訴は適法であるといわなければならない。

そこで本案につき判断するに、原告、被告富二間において、被告富二が土建業を営む訴外五十嵐会社の代表取締役をし、同会社の資本金が金一八万円であること。原告が右会社に対しその主張の如き債権を有し、その弁済方法につき、原告主張の三者間においてその主張のような約束をしたことについては争なく、そして成立に争ない乙第一号証同第四号証の二、被告富二本人の供述並びに右供述によつて真正に成立したと認める同第二、五、六、八号証の各一、二(但し同第六号証の一、二中以下認定にそわない記載部分は採用しない)、同第三号証、同第四号証の一、同第七、九号証、証人板垣欽一郎、鈴木侃、斎藤貞雄、水本唯祐(証言の一部)、松本茂助の各証言、被告忠次郎本人の供述を総合すると、次の事実を認めることができる。

被告富二は、長年東北大学において西洋哲学を専攻し、昭和二三年実父の死亡によつて土建業を営む五十嵐会社代表取締役に就任したが、当時ようやく土建業界にも不況のきざしが見え且つ同人の専問外の仕事でもあつたため、右会社経営も円滑でなかつたこと等から、次のような借財を重ね、これを私用もしくは会社の運転資金等に流用して来た。

即ち、被告富二は、

(1)  昭和二四年一月二〇日訴外鈴木侃から、同人の手持金五〇万円を弁済期同年一二月二五日、無利息の約束で、

(2)  同年四月二八日訴外鈴木仁長から、金一八万円を弁済期昭和二五年四月二八日、無利息の約束で、

(3)  昭和二四年五月三〇日被告トクから、同人がその所有家屋を他に売却して得た金三〇万円を弁済期昭和二五年五月三〇日、利息の定めなく、

(4)  昭和二四年被告忠次郎から、四回にわたり、合計金二八万円を借り受けていたが、同年八月同人と、右債務を目的として金二八万円、利息、弁済期とも定めずに準消費貸借を締結し、その後内金一八万円は弁済したが、残金一〇万円を、

(5)  同年一一月三〇日被告忠次郎から、同人が同月一五日その所有にかかる宅地四筆、建物一棟(いずれも訴外本郷梯三郎名義に登記手続されていた)を訴外板垣欽一郎に売却して得た現金一〇〇万円と、板垣欽一郎、訴外板垣金造共同振出にかかる額面金五〇万円、満期昭和二五年三月三一日、支払場所株式会社七十七録行二日町支店とする約束手形一通を借り受けて、これを現金化し、いずれも利息、弁済期を定めなかつた。

(6)  訴外斎藤貞雄から昭和二五年三月末ころ金一〇万円、同年春ころ金一〇万円合計金二〇万円をいずれも無利息借用後一カ月内に弁済する約束で、

(7)  同年七月八日本郷梯三郎から、金三〇万円を弁済期同年七月三〇日、無利息の約束で、

合計金三〇八万円を借用していたが、昭和二五年七月ころから被告富二および五十嵐会社に対する債権者の追及が激化して来た。

そこで被告富二個人に対する前記各債権者等は、債権取立等の便宜を考慮した結果、鈴木仁長および斎藤貞雄は同年七月一三日、鈴木侃および本郷梯三郎は同月一四日いずれも各自有する前記債権を被告忠次郎両名に譲渡し、被告富二は同日ころ右債権譲渡を承諾した。

そして同月一五日被告等三者間において、前記各債権を目的として金三〇八万円、無利息、弁済期昭和二五年一二月三〇日、弁済期後の遅延損害金一〇〇円につき一日金五銭の割合とする準消費貸借を締結し、同日右債権の担保として、別紙目録(一)記載の各不動産につき、同目録(二)記載の抵当権を設定し、同月二五日その旨登記手続をするに至つたものである。

原告は、前認定にかかる債権並びに抵当権は通謀虚偽表示に基く仮装のものであるか、そうでないとしても右債権は当初から実在しないものである旨主張し、これにそう如き証人水本唯祐(証言の一部)、石川清一(第一、二回)、石川安之助、川島茂勝、梅津素之、原告本人の各供述があるけれども、右供述は、前記採用にかかる証拠に照し直ちに信用できない。したがつてまた、証人水本唯祐の作成にかかる甲第七号証の一、同証人の供述を記載した同第八号証の三、同第九号証の四、証人石川安之助の作成にかかる同第七号証の二、三、証人石川清一の供述を記載した同第八号証の二、原告本人の供述を記載した同第九号証の五はいずれも採用しない。もつとも、前記採用にかかる乙第六号証の一、二によると、前認定の(7) 金員は、訴外本郷忠一が貸主である旨記載されているけれども、被告忠次郎、同富二各本人の供述によれば、右金員は、本郷梯三郎が貸与したものであるが、同人は当時株式会社七十七銀行員であつたため他から疑惑の目をもつて見られることをおそれ、同人の実兄である本郷忠一の名義を使用したものであることが認められるから、甲第八号証の六、同第九号証の二、三をもつてしても、原告の右主張事実を肯認するに足らない。次に、甲第六号証の一、二、三によれば、前認定にかかる(5) の、被告忠次郎、板垣欽一郎間の宅地、建物の売買契約は「昭和二五年六月二六日」成立し、「同年一一月二日」所有権移転登記手続がなされた旨記載されているが、同号証並びに証人板垣欽一郎、被告忠次郎本人の各供述によれば、右売買契約は昭和二四年一一月一五日成立し、板垣欽一郎は、後日被告忠次郎から日附その他の一部を空欄にした所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受け、同人は事実との相異など考えずに適宜右空欄部分を補充記載し、自己の金策のため右書類を訴外株式会社七十七銀行に預け入れて置いたため、その登記手続が遅延したものであることが認められる。したがつて甲第六号証の一、二、三をもつてしても未だ原告の右主張事実を認めるに足らず、原告のその余の証拠をもつてしても、前記認定事実に照し、その主張事実を肯認するに足らない。したがつて原告の右主張は理由ない。

原告は、被告忠次郎両名の債権は弁済により消滅した旨主張する。しかして右両名が、当庁昭和二六年(ケ)第八号競売事件において、売得金一、三八八、九〇七円および競売手続費用を受領したことは当事者間に争がない。そして被告忠次郎、同富二各本人の供述によれば、被告忠次郎両名は昭和二八年一月被告富二から、前記金三〇八万円の遅延損害金の一部として金三〇万円を受領していることが認められるけれども、右債権元金に対しその余の弁済をしたことについては何等の立証もない。したがつて被告忠次郎両名の有する債権は、残金一、六九一、〇九三円の限度において存在するものというべく、原告の右主張は理由がない。

よつて、原告の本訴請求は、その前提において既に失当であるから、その余は判断するまでもなく、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川毅 野村喜芳 金子仙太郎)

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